実は先日、妻の祖母が亡くなりました。
去年の4月、初めてお会いしたのですが、その時すでに認知症が進んでいると聞いていました。
実際に会ってみると、想像以上に進んでいて衝撃を受けました。
もちろん私は初対面です。
ですが、12年ぶりに会った妻のことも、記憶からなくなっていました。
話すたびに「はじめまして」
不思議な感覚でした。
でも帰り際、祖母は妻に向かってポロッとこう言ったそうです。
「お前たち帰ったら寂しくなるな。」
記憶がなくなる前、毎回帰るときに必ず言っていた言葉だったそうです。
記憶はなくなっていても、
心のどこかに残っていた言葉だったのかもしれません。
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妻の祖母が亡くなり、最後に対面した時。
一度しか会ったことがないのに、私は涙が出ました。
もらい泣きではなく、
「人の死」というものの重さを感じた時間でした。
自分の祖母が亡くなった時のことも思い出し、
とても複雑な感情でした。
妻も「まだ実感がない」と言いながら、
「ちょっと映画見に行って、思い切り泣きたい」と言い出しました。
そこで観たのが
『ほどなく、お別れです』という映画。
葬儀をテーマにした映画で、
人が亡くなったあとに過ごす時間の大切さを改めて感じました。
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ただ、その直前の葬儀で、少し気になったことがありました。
お経を読んでいたお坊さんが、
何度もむせたり咳き込んだりしていたんです。
私は
「人間だから咳も出るよな」
くらいに思っていました。
でも周りから聞こえてきた言葉は違いました。
「なんであんなのにお金払うんだ」
「やり直したいくらいだ」
その言葉を聞いたとき、
人の死に対して大切なのは形式より想いなのかもしれないと感じました。
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そしてふと思ったんです。
家も同じなんじゃないか。
子どもが育った家。
家族が暮らした家。
楽しい時間も、辛い時間も過ごした場所。
今は古くなってしまっても、
そこには確かに人生の時間があります。
でも、解体屋のイメージは正直あまり良くありません。
・ガラが悪そう
・近隣トラブルが不安
・お金が不透明
そう思われていることも多いです。
ですが、
もしそこに「最後のお別れ」という考え方があったらどうでしょうか。
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そこで、私たちは一つの取り組みを始めようと思いました。
解体工事の「作業報告」を、きちんと残すこと。
遠方で何度も現場に来れない方もいます。
すべての作業を見届けることができない方もいます。
だからこそ、
・どんな作業をしたのか
・どんな工程で進んだのか
簡単ではありますが、
作業ごとに写真付きの報告書としてお渡しします。
それが、
その家への最後の記録になるかもしれないからです。
エピローグ:アネモネに込めた願い

表紙には、
再生と希望を意味するアネモネを添えました。
家にも、人にも、
必ず「お別れの時」があります。
解体は、
ただ壊す仕事ではありません。
その家で過ごした時間を、
静かに終わらせる仕事だと思っています。
『ほどなく、お別れです。』
その言葉を大切に、
私はこの仕事に向き合っていきます。
株式会進成工業


